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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)15849号 判決 1987年11月30日

原告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 高島謙一

被告 乙山春夫

右訴訟代理人弁護士 圓山潔

同 阿部博道

主文

一  被告は、原告に対し、別紙第一目録記載(一)の土地について別紙第二目録記載の地役権設定登記手続をせよ。

二  被告は、別紙第一目録記載(七)の範囲内の土地部分について、原告が別紙第三目録記載の原告を表示する表札及びその支柱を設置することを妨害してはならない。

三  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、頭書各事件を通じてこれを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  請求の趣旨

(一)  主文第一、二項と同旨。

(二)  被告は、別紙第一目録記載(一)ないし(三)の土地中に、原告が上・下水道管及びガス管を設置することを妨害してはならない。

(三)  被告は、別紙第一目録記載(八)の各土地部分に樹木を繁茂させて、原告の通行を妨害してはならない。

(四)  被告は、前項の各土地部分上の樹木の枝葉を切除せよ。

(五)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  請求の趣旨に対する答弁

(一)  原告の請求をいずれも棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

二  当事者の主張

1  (原告の請求原因)

(一)  原告は、昭和三四年五月七日、被告から別紙第一目録記載(五)の土地(以下「甲地」という。)を買い受け、その所有権を取得としたが、甲地は、被告所有の同目録記載(一)ないし(四)の各土地及びその他の第三者所有の土地に囲繞され、直接公路に通じない袋地となっているところ、甲地及び右(一)の土地(以下「本件土地」という。)、並びに同(二)ないし(四)の各土地(以下、順次「乙地」、「丙地」、「丁地」という。)の位置関係、周囲の状況等は別紙第一図面表示のとおりである。

(二)  そのため、被告は、甲地の売渡しにあたり、原告との間で、甲地を要役地とし、本件土地及び乙地、丙地を承役地とする通行地役権の設定契約を締結し、乙地、丙地については同契約に基づく地役権設定登記手続を履行した。仮に、本件土地にかかる右地役権設定契約の成立が認められないとしても、原告は、甲地を買い受けた昭和三四年五月七日以降、本件土地についても通行地役権が成立しているとの認識のもとに、乙地、丙地と共に、本件土地を継続して通行の用に供してきたから、昭和四四年五月七日又は昭和五四年五月七日の経過をもって、本件土地の通行地役権を時効により取得した。ちなみに、本件土地と、その東側に隣接する丙川松夫(以下「丙川」という。)所有の前記第一目録記載(六)の土地は、全体として一つの通路を形成し、甲地に居住する原告、丁地に居住する被告、及び右丙川が共同でこれを利用している状況にある。

(三)  右(二)のとおり、原告は、本件土地及び乙地、丙地について通行地役権を有するものであるが、仮に本件土地にかかる右地役権を有しないとしても、原告が買い受けるまで甲地が被告の所有に属していたことと、前記第一図面表示の甲、乙、丙、丁の各土地及び本件土地の位置関係、並びにそれら各土地の所有関係に照らし、本件土地について原告が囲繞地通行権を有することは明らかであるにもかかわらず、被告は、本件土地の西側部分及び乙地の南側部分に樹木を植栽し、前記第一目録記載(八)の各土地部分に、その枝葉を繁茂させて、原告の通行を妨害している。また、右第一図面表示の本件土地の南側公道からは甲地上にある原告の居宅を全く望見することができず、したがって、右通行地役権又は囲繞地通行権に付随する権能として、原告は、被告に対し、本件土地の右公道に接する部分に適正規模の表札を設置することを許容するよう求めうるものというべきであるが、被告は、原告が右第一目録記載(七)の土地部分に最少規模の別紙第三目録記載の表札(以下「本件表札」という。)を設置することさえも拒否している。

更に、右同様に原告は、通行地役権又は囲繞地通行権に付随する権能として、あるいは民法二〇九条ないし二一四条、下水道法一一条等の規定の類推により、本件土地及び乙地、丙地に、甲地上の原告居宅で使用するに必要な上・下水道管、ガス管を埋設できるものと解しうるが、被告は、原告の右埋設を許諾しない。なお、原告居宅に通ずる上・下水道管、ガス管の現状は別紙第二図面表示のとおりであるところ、そのうちガス管は被告に拒否されたためやむなく甲地の北側隣地に暫定的に埋設したものであり、上水道管は直径一三ミリメートルの細管で、生活上支障があるので、これを直径三〇ミリメートルのものに交換する必要があり、下水道管は原告、被告及び丙川が共同で使用しているものである。

(四)  よって、通行地役権ないし囲繞地通行権又は本件土地所有権に基づき、請求の趣旨記載のとおりの判決を求める。

2  (請求原因に対する被告の認否)

(一)  請求原因(一)の事実は認める。

(二)  同(二)のうち、時効に関する主張事実は争い、原・被告間の地役権設定契約の対象地(承役地)に本件土地が含まれることは否認するが、その余の事実は認める。

(三)  同(三)のうち、原告が本件土地について囲繞地通行権を有する旨の主張とその前提事実、及び本件土地の南側公道から甲地上にある原告の居宅を全く望見できないとの事実は認めるが、その余の事実・主張は争う。

なお、本件土地と丙川所有の別紙第一目録記載(六)の土地は、一体として通路を形成し、丙川の通行の用にも供されているのであるから、原告主張の表札の設置、上・下水道管、ガス管の埋設等、右通路の現状を変更するためには丙川の許諾を要するものである。

3  (被告の抗弁)

乙地、丙地及び本件土地に対する原告の地役権の存否に関する紛争は、原・被告間の渋谷簡易裁判所昭和三四年(ト)第二三七号事件について、同年九月二五日の審尋期日において成立した和解により解決ずみである。

4  (抗弁にたいする原告の認否)

原・被告間に被告主張の和解が成立したことは認めるが、右和解は、本件土地に対する原告の地役権の存否とはかかわりがない。

三  証拠関係《省略》

理由

一  請求原因(一)の事実、及び同(二)の事実のうち、甲地の売買にあたり、原告と被告の間で、甲地を要役地とし、乙地、丙地を承役地とする通行地役権設定契約が締結され、その旨の登記が経由されたことは当事者間に争いがないところ、右争いのない事実に、《証拠省略》を総合すれば、右通行地役権設定契約は、本件土地をもその対象地(承役地)としたものであったことが認められ(る。)《証拠判断省略》

なお、原・被告間の渋谷簡易裁判所昭和三四年(ト)第二三七号事件にかかる同年九月二五日の審尋期日において、両者の間に和解が成立したことは当事者間に争いがないが、その和解により原告が本件土地についての右地役権ないし地役権に関する請求権を放棄したことは、《証拠省略》によってもこれを認めるに足りず、他に右事実を認めるべき証拠はない。

したがって、被告の抗弁は採用できず、被告に対し、本件土地について、別紙第二目録記載の登記手続の履行を求める原告の請求は理由があるものというべきである。

二  次に、請求原因(三)の事実のうち、別紙第一図面表示の本件土地の南側公道から甲地上にある原告の居宅を全く望見できないことは当事者間に争いがなく、前記争いのない請求原因(一)の事実関係をも斟酌すれば、原告が本件土地の公道寄り部分に適正規模の表札を設置することは、前記通行地役権に付随する権能として是認できるものというべきところ、別紙第一目録記載(七)の土地部分が右設置場所として相当であり、別紙第三目録記載の本件表札が右適正規模を超えないことは明らかである。

しかるに、《証拠省略》によれば、被告は本件表札の設置を拒否し、原告によるその設置を妨害するおそれもあることが認められるから、右妨害の排除、予防を求める趣旨の原告の請求は理由がある。

ところで、被告は、本件表札を設置するためには丙川の許諾が必要である旨主張するが、本件表札の規模及びその設置場所から見て、これが丙川の通行の妨げとなるものとは認められず、してみると、被告所有の本件土地のうちに本件表札を設置するについて、丙川の許諾を要するものとはとうてい解しがたい。

三  前記(一)の事実からすれば、原告は、本件土地のほか、乙地、丙地についても通行地役権を有するものというべきところ、被告が本件土地西側及び乙地南側の各隣地との境界線に沿って樹木を植栽していることは弁論の全趣旨により明らかである。しかしながら、《証拠省略》によれば、被告は右樹木の枝葉を適宜切除していることが認められ、その枝葉が原告の通行に特段の支障を及ぼす程度にまで別紙第一目録記載(八)の各土地部分に繁茂しあるいはそのおそれがある事実を認めるに足りる的確な証拠はない。

また、甲地上にある原告の居宅で現に使用中の上・下水道管、ガス管が別紙第二図面表示のとおり埋設されていることは原告の自認するところであり、これらのすべてを本件土地及び乙地、丙地につけ替え、あるいは現に右各土地中に埋設されている上水道管を他のものに交換する必要性があることは、《証拠省略》によってもこれを認めるに足りず他に右必要性を肯認するに足りる証拠はない。

そうすると、通行地役権に基づく妨害排除ないし予防請求としての樹木の枝葉及び上・下水道管、ガス管にかかわる原告の各請求は、その余の判断に及ぶまでもなく、いずれも理由がないものといわざるをえず、右地役権に代わる根拠権原として、囲繞地通行権又は甲地の所有権を援用したとしてもこの結論に変わりはない。

四  以上の次第で、原告の本訴各請求は、主文第一、二項掲記の限度で理由があり、認容すべきであるが、その余はいずれも理由がないものとして棄却を免れない。

よって、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 尾方滋)

<以下省略>

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